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土方歳三、幻の婚約者、琴

土方歳三には、上洛前、江戸に婚約者がいました。
婚約者の名は、琴。
しかしその婚約は、結局果たされることはなかったのです。

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土方歳三の妻になるはずだった女性、琴

お琴さんは、内藤新宿からほど近い戸塚村の三味線屋の看板娘で、近所でも評判の美人だったそうです。

しかもこのお琴さん、ただ美人なだけでなく、調律をさせれば腕は良く、もちろん三味線を弾かせてもなかなかで(三味線屋の娘さんですからね)、長唄なんかは名取になるほどの腕前でした。

そんなパーフェクトレディのお琴さんと歳三を引き合わせたのは、土方家の長男、為次郎です。
為次郎は、俳句や浄瑠璃を嗜む風流人で、件の三味線屋の常連客でした。
店に何度か足を運ぶ内にお琴さんの存在を知り、大層気に入ったので、可愛がっていた末弟の歳三と結婚させようと思いついたのです。

その思いつきに、兄弟達は大いに盛り上がり、本人たちを他所に、二人は本当に挙式寸前までいったといわれています。

しかし、実際に二人の結婚が成ることはありませんでした。

盛り上がる親兄弟に、歳三はこう言ったそうです。

「この天下多事の際、何か一事業を遂げて名を挙げたい。よって、なおしばらくは、私を自由の身にしておいてくれ」

この歳三の大志に関心した兄弟達は、それならば…、と、お琴さんを歳三の許婚としたそうです。

この状況から察するに、歳三も、お琴さんとの結婚に、少なからず心を動かされていたのではないか、という気がします。

嫌なことには否と言える歳三ですから、お琴さんに興味がなければ、この結婚話はこれで終わったはずです。

彼女を江戸に残したまま上洛するのに、わざわざお琴さんを婚約者としたのは、目の前のお琴さんへの淡い恋と、抱いた大志の間で、揺れる心があったからではないでしょうか。

過去になってしまった婚約者

その後、京に上った歳三は、新選組副長として苛烈な日々を送ることになります。

しかも、鬼の新選組副長となってからも、そのモテっぷりは健在でした。
京都でたくさんの芸妓と浮名を流し、中には子をもうけた女性までいました。

自分が京の都で女性たちから如何にモテるかを自慢したかったのか、自分宛の恋文がぎっしり詰まった荷物を郷里に送ったこともありました。
荷物にはこんな戯れ歌が結んであったそうです。

 ”報国の 心を忘るる 婦人かな”

新天地で精一杯に多忙な日々を送る歳三にとって、江戸に残した婚約者の存在は、すでに過去のものになってしまっていたのでしょうか。

その後、お琴さんと歳三は一度だけ再会することが出来ました。
歳三が東帰した際のことです。

しかしそれは、ふたりの今生の別れとなりました。

再び上洛するために去って行く歳三の背中に、お琴さんは
「おからだ、お気をつけて・・・」
とだけ言ったそうです。

三味線屋の看板娘の恋は、こうして静かに幕を閉じました。
維新後、お琴さんの消息は一切伝わっていません。

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