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悲劇の恋人たち「あぐりと佐々木愛次郎」

ここでは、芹沢鴨のワガママが原因で、悲劇的な運命を辿ったといわれる恋人同士、あぐりと佐々木愛次郎についてご紹介します。

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近隣でも評判の美人だったあぐり、
新選組美男五人衆に数えられた愛次郎

あぐりさんは、本来なら侍などという物騒な人種とは無縁の、町の八百屋の娘でした。

けれどある時、香具師の親方をしている伯父さんが、一人の若い侍をあぐりさんの家に連れてきます。
侍は、佐々木愛次郎という名の、新選組隊士でした。

彼はとにかく見目麗しい青年で、背はそんなに高くないものの、雪のように白い肌、美しい顔と身体をしていたそうです。
新選組の隊内では「美男五人衆」の一人と呼ばれていました。
また、剣の腕前も相当なものだったそうです。

香具師の伯父さんが、そんな愛次郎と知り合ったのは一ヶ月ほど前のことでした。
愛次郎は、伯父さんのピンチを助けてくれた恩人だったのです。

鴨、今日も元気に傍若無人!

文久三年春、松原通烏丸入ル北側の因幡堂の境内に、大変盛況な見世物小屋が立っていました。
あぐりさんの伯父さんは、その見世物小屋で香具師の親方をしていました。

見世物小屋には、色鮮やかな珍しい鳥(インコやオウム)、虎がいたのですが、珍しすぎたためでしょうか。
一部で、
「鳥に色を塗っているだけでなないのか」
「トラの皮をかぶった人間ではないのか」
などと噂されていました。

その噂を聞きつけた芹沢鴨が、
「俺が皮を被った奴を痛めつけてやる」
と見世物小屋に出向いたのです。

はい、もうトラブルの予感しかしません。
この時、芹沢のお供をしていた者の中に、佐々木愛次郎がいました。

芹沢らは料金も払わず見世物小屋に乗り込み、虎の前で大刀を抜きました。
しかし、噂に反して虎は本物でした。

実際に虎と対峙し、その咆哮を聴いた芹沢は、

「こいつは本物だよ」

と、苦笑いして刀を納めたそうです。

しかし、難癖をつけられたに等しい見世物小屋側の香具師たちは治まりません。
芹沢らを5~6人で取り囲み、抗議しました。
抗議を受け、芹沢鴨が反省するでしょうか。いいえしません。

芹沢は、今度は部下らに「オウムに水ぶっ掛けて洗ってみろ」と言い出しました。
春とはいえまだ寒い中、水など掛けられたら鳥が死んでしまうかもしれません。

その時、必死に芹沢に取り成し、場を納めてくれたのが佐々木愛次郎だったのです。
おかげで鳥たちは助かり、伯父さんたちの見世物小屋も無事に済みました。

そんな騒動から一ヶ月が過ぎ、伯父さんと愛次郎が町で偶然再会したのです。

そして
「近くに弟がやってる八百屋があるから、そこで一休みしよう」
という話になり、伯父さんは愛次郎をつれて、あぐりさんの家に来たのでした。

それが、若い二人をやがて、悲劇の結末へと導くきっかけになるとも知らずに。

恋か、忠義か?悪魔の囁き

伯父さんを介して知り合った愛次郎とあぐりさん。
ふたりはほどなくして恋に落ち、連れ立って歩く姿などが度々目撃されるようになりました。

あぐりさんは近所でも評判の美人で、とにかく人目を引く女性でした。
それが仇となったのか、愛次郎と連れ立って歩くあぐりさんを、ある時、芹沢が見初めてしまったそうです。

「あぐりを妾として寄こすよう、八百屋に言え」

芹沢にそう迫られ、進退窮まった愛次郎。

その時、愛次郎の直属の上司である佐伯亦三郎は、愛次郎に言いました。

「こうなったら、あぐりを連れて逃げるしかない」

悪魔の囁きでした。

新選組は、元々武士で無い人間がほとんどの、いわば烏合の衆です。
その烏合の衆を、ひとつの戦闘集団として維持するために、隊には鉄の掟がありました。

有名な『局中法度』です。
(実際には当時は『局中法度』ではなく、「禁令」「法令」と言われていて、5箇条でなく4箇条だったそうですが)

一、士道に背くまじきこと
一、局を脱するを許さず
一、勝手に金策致すべからず
一、勝手に訴訟取り扱うべからず
一、私の闘争を許さず

右条々相背候者切腹申付べく候也

任務を放棄して女と逃げる、つまり局を脱走する、ということは、この局中法度に触れる重大な違反行為です。
見つかって連れ戻されたら死を免れることはできません。

実際、新選組が京都で治安維持の活動をした期間中、戦闘で死亡した人数より、規律違反の咎で処分された人数の方がずっと多いのです。
隊の創設期に活躍した幹部である山南敬助でさえ、脱走の罪で処断されています。

しかし、愛次郎は愛する女性を芹沢に差し出すことは出来ません。
悪魔の囁きに乗り、脱走を決意するのでした。

真の悪意と、その顛末

ある夜、愛次郎はあぐりさんを連れて脱走を決行します。
しかし、その脱走劇は失敗に終わりました。

追手が、千本朱雀の藪の中でふたりを待ち伏せており、愛次郎に物陰から襲い掛かったのです。

愛次郎とあぐりさんは、命を落としました。

ですがこれは妙な話です。
追手とは通常、後ろから追ってくるもののはず。
それが何故、藪の中で待ち伏せなどしていたのでしょう。

答えはひとつ。

彼らがそこを通ることを、事前に知っていたからです。
そう。
追手は、愛次郎に脱走を勧めた張本人である佐伯と、その手の者たちでした。

愛次郎の亡き骸には、全身に12箇所、頭部に2箇所の太刀傷があったといいます。
致命傷は頭部の傷でした。

多勢に無勢でありながら、致命傷に至らない傷を十二太刀も浴びているということは、愛次郎も相当激しく応戦したのでしょうか。

あぐりさんは、愛次郎の亡き骸から数十メートル離れた場所で発見されたそうです。

目の前で愛する人を斬り殺されたあぐりさん。
しかも、愛次郎を斬った佐伯らは、彼女を藪に引っ張り込んで乱暴しようとしました。

愛次郎を脱走の名の下に堂々と屠り、こうすることが佐伯の目的だったのです。
必死で抵抗し、逃げるあぐりさんは、しかしもう逃げ切れないと悟った時、舌を噛んで自害した、と言われています。

そしてこの事件の10日後。
あぐりさんと愛次郎を死に追いやった佐伯が、同じ場所でなぜか芹沢に斬り殺されています。

美しく、優しい青年だった愛次郎。
傍において連れまわすくらいには、芹沢は彼が気に入っていました。

もし、芹沢が言い出した「あぐりを差し出せ」という我侭に、愛次郎が命を懸けて否と言ったなら、芹沢は愛次郎を殺したでしょうか。
殺したかもしれません。
けれど、もしかしたら、かつて見世物小屋で虎と対峙した日のように、苦笑いで剣を収めたかもしれません。

「こいつは本物だよ」と。

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